着物とポーランド愛伝道師のポラ子です。
今日はピーター•バラカンさんがセレクトしたMusic Film Festival に来ています。
詳細はコチラをご覧ください。
上映日の3日前から、下記のリンクからネット予約出来ます。
↑ご予約はこちらからどうぞ。
私、ノウザン•ソウルってブルーアイドソウルのようにソウルの1ジャンルかと思ってました。
イングランドの北部で起こったムーブメントのことだっようです。
いつの世も、若者はイケてるかイケてないかに分類されがちですよね。
主人公のジョンはバスで一緒になる女性に恋しています。
母親からはユースクラブ(トークショーで説明があったので後半で触れますね)に行くよう言われる日々。
それがある晩ジョンは、クラブで踊りまくるマットに会います。その彼が他の男性に絡まれているところを助け、マットの家に行ってからジョンの生活は変わっていきます。
ママに選んでもらった服じゃダメだ、とマットに改造されていきます。そう、ジョンはイケてない方だったんですね〜。
レコードショップに通い、コレクションを増やし、クラブで代理のDJをする二人。
アメリカに行き、人が知らない名盤を手に入れることを夢見てお金を貯めていきます。
が、薬にも手を出すし旅費は本当に貯まるのか?
と今後が気になるところですが、ぜひご覧いただきたいです。
面白かったのが、ブレイクダンスの兆しを感じる動きがあったことと、ブルース・リーがやたら出てきたことです。ブルース・リーは知ってるけど、そこまで世界的な人気だったのだと改めて凄さを感じました。あとはファッションも面白かったです。
この作品についてもっと知りたい方はこの記事などいかがでしょうか?
上映後にはトークショーがありました。
以下、バラカンさんの発言は青字にします。間に私の感想も挟みますので。
イングランドの北西部の70年代は、経済があまり良くなく、サッカー、音楽が楽しみだったそうです。
ノウザン•ソウルはイングランドでも北部の現象であって、ロンドンではああいうシーンは無かったのだとか。
ノウザンソウルはアメリカの南のソウルに対しての言葉と誤解している人がいるが、イングランド北部でのダンスミュージックシーンのことだとバラカンさんは仰ってました。
映画のあるシーンで、主人公のジョンがマーヴィン・ゲイのレコードかけるのです。
それをマットが「バカか!」と言うシーンがあります。
「誰も知らない曲だよ?」とジョンが言い訳するのです。
見てて、マーヴィン•ゲイはダメなの??と気になっていたら、トークショーで司会の方が質問してくれました。
当時は誰も知らない曲をかけることが(DJの)の存在意義なんだと。
だからこそ、アメリカに行って掘り出し物を探したいのですね。
映画の中で、カバーアップ (cover up)という言葉が出てきます。
自分が見つけたレアでイケてる音楽を他の人から隠すために、シールを貼るなどして隠すことを言います。映画の中でもとにかくカバーアップの曲がいいんですよね。
見つけました! お時間あればどうぞ〜
まだレゲエというジャンルも確立していない頃、人が持ってないレコードを持つことが大事なので、レーベルや名前を消していたんだそう。なのでノウザン・ソウルのDJだけの話ではないみたいです。
イングランドだけでなく、きっとそういう時代だったのですね。
誰も知らない曲にこそ価値があったのかもしれません。
ただバラカンさんが仰るには、劇中だといいんだけれどもラジオで聞くとそうでもない、曲もあるみたいです。確かに映画だと一部分しか聞けませんしね。
先に触れたユースクラブについてですが、青少年に健全な遊びを与える児童館の青年少女版みたいなものと捉えればいいみたいです。
バラカンさんはユースクラブに行ったことはないのだとか。
他に行く所がない人が行く!みたいなダサいとこらしいです(笑)。
あと映画の中でレコードを試聴するシーンがあって、ブースみたいなとこに入るのです。それをバラカンさんは懐かしく語られていました。
そして70年代にバージンが出来、試聴はブースではなくヘッドホンになった、それが画期的だったと仰っていました。
若者の生への躍動、刹那的な衝動、社会への反逆などが音楽とともに描かれていました。
予告編で少し雰囲気だけでも味わってください。
コメント